闘病も二人で
夫は日本に帰ってきて、そのほとんどが闘病生活でした。
病院へは数えきれないほど通いましたが、いつも一緒に行きました。もちろん病院だけじゃなく、近所のスーパーへ買い物に行くのも、お休みの日に出かけるのも常に2人一緒。
離れているのは仕事に行っているときだけで、仕事が終わればどこかに寄ることもなく、真っすぐ帰ってきていた夫です。
私たちが離れていたのは夫が入院したときだけです。
それでも、入院中は毎日病院へ通い、面会時間はずっと夫と一緒に居ました。別に何をするわけでもなく、大部屋だと他の患者さんに迷惑になるから、話もほとんどしていません。
夫がベッドで寝ているときは、私は本を読んでいることが多く、何もしなくても、ただ一緒に居ることが私達には当たり前でした。
喧嘩
それなのに、今年の1月から4月の自宅療養中、何度か喧嘩をしています。
夫は体調が悪かったのに、きつい言葉を言ってしまったり、一緒に行っていた散歩もブログを書くために一人で行ってもらったり、今思い返して「どうしてもっと優しくできなかったのか」と後悔しています。
4月の入院では初日から面会禁止になり、会えるのは着替えや食べ物を渡す5分ほど。
抗がん剤の副作用で高熱、腹痛、口内炎、むくみ、倦怠感など夫がつらいときに何もしてあげられませんでした。そんな状態でも私が病院に行けば、必ず病棟の入口まで出てきてくれました。
味覚障害で食べられるものが少なく、食事量が減りどんどん痩せていった夫を、見るのが嫌だと思ったこともあります。夫なのに、夫ではないように感じてしまったからです。
肺炎になって体もつらく、精神的にも不安も多かったと思うのに、喧嘩をして夫を傷つけてしまいました。
- 治療についてどこかで選択を間違ったんじゃないか
- もっと早く薬を変えてもらうよう言うべきだった
- もっと栄養のあるものを持っていけばよかった
- 夫の好きなフルーツをもっと食べさせてあげればよかった
- 尿カテはもう少し後にすればよかった
- 口腔ケアをもっとしっかりするべきだった
- もっと車椅子に乗せてあげればよかった
- 最期の日帰らずに泊まればよかった
まだまだ数えきれない後悔があります。
いまさら後悔しても遅いし、どうにもならない事は分かっています。それなのに、今はこの後悔がずっと頭から離れません。
きっとこれからも消えることはないと思います。
後悔は消えませんが、夫と出会い過ごした特別な日々や、楽しかった事を思い出し、夫の笑顔を胸に前を向いて行きたいと思っています。